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佐賀移住完了!なぜ佐賀に戻ったのか?

はじめまして。僕は福岡県八女市でうなぎの寝床というお店であり会社をやっている白水といいます。佐賀県小城市小城町の生まれで、小城中学校、佐賀北高校と18歳まで佐賀で住みました。それから大分の大学に進学し、縁あって福岡で仕事をしていますが、高校卒業して13年、31歳になり、僕は今年の3月に佐賀の実家に戻ることを決断しました。理由を明確に公開したことも考えたこともないのですが、今回は少し考えてみようと思います。

Webと交通のインフラが整い、劇的に仕事をする場所は広がった。

僕は今社員が12人いる会社を運営しています。運営しているというとなんだか偉そうですが、僕があまり社会適合してないので、12人で支え合いながらやっています。僕らが拠点としているのは福岡県八女市。人口7万程度の小さな市です。観光地でもなく、アクセスも悪く、人がガンガンくるところではありません。

 しかし、うちの店には店自体を目的に人がきてくれます。なぜかというと、webのインフラと交通のインフラがしっかりと時代として整ったからです。今は地方・僻地と呼ばれるような場所であれ、いや、地方・僻地だからこそ人がしっかりと来るという時代になりました。そしてEC(ネット販売)も便利になり、はじめるハードルはぐっと下がり、そちらも運営しています。2012年にお店をはじめ、現在6年目となりました。

福岡県八女市のうなぎの寝床店舗外観

お店と子供が一緒に成長する。そして佐賀に移住。

 お店をはじめた2012年の8月、子供が産まれました。その子は現在5歳になります。やはり小学生までには定住する場所を決めたいなということがあり、妻とあれこれ話し合いました。僕は八女に関しては特に嫌いではなかったのですが、自分が生まれ育った小城に住むイメージしか正直持っていませんでした。

 なぜだろう?一つは密度と環境です。佐賀はやっぱり平野でドーンとゆったりしていて、人との距離がある程度の距離感を保っていられるというのと、北に天山、南に有明海がないと、なんだか落ち着かないという僕個人の問題があります。

教育的な問題。東京、地方の一長一短。

 うなぎの寝床にはこのEDITORS SAGA(エディターズサガ)のエディターである東京出身の渡邊さんがいます。渡邊さんとときたま都市部と地方における教育的な側面などを話します。教育的な観点でいうと、東京と佐賀は大きく違い、どちらがいいというより、一長一短あります。東京は人口が多すぎて、やっぱりクラスターというか階級というか、やはり幼稚園、小学校レベルから私立の受験戦争がはじまります。それは資本主義においては、健全な競争ではあると思います。それによって、学習レベルはあがると思います。学力が高い学校に入ると、やはりある程度裕福な家庭環境にある子供たちが集まったり、地区によってもそういう現象は見られると思います。しかし、社会は多様であり、そういう社会多様性的な側面は見づらくなると僕は考えています。僕は学習能力が高い方ではなく、結構苦労したので、そういう環境にいれたら自然な競争で学力が伸びてたんじゃないかなーという引け目のようなものもあります(これは言い訳でしかなく、後の祭りと言えます)。しかし、佐賀という自然豊かな場所にいて、良い仲間に恵まれたので感性が育ったと思うので、どちらが良いとは言えません。

 地方、さらには佐賀においては、そのような受験戦争的な競争はほぼありません。近所の幼稚園に行き、近所の小中高に行く。するとどういう現象が起きるかというと、かなりの多様性が学校内外に生まれると思います。多様性が生まれるというより、地方においてはそれが普通だとは思うのですが、所得階級も様々だし、給食費が払えないという環境の人もいれば、なんか大きな会社をやってるという人もいる。実際小中学校の友達は、様々なところで働いています。工場で働く友達もいれば、医者になった友達もいれば、地元でこつこつなんらかの職についた人もいる。

 僕らは、今ものづくりという枠組みの仕事をしていますが、ある仕事につくと、自分の周りの環境の多様性は少し失われます。ある能力や情報に特化した人たちの集まりで仕事は行われます。やはり業界や小さいコミュニティに属すことになり、そのコミュニティを飛び越えての交流というのは起こりにくくなります。

 単純に自分が佐賀に住んで、教育的な選択肢が多くないなかで社会性が育まれて行くという側面もあって、何が正しく、何が正しくないかは、僕はよくわかりませんが、自分が佐賀で育って、佐賀に戻ってきたことは個人的にすごくよかったんじゃないかなと感じています。

仕事はLineとメッセンジャーで共有。

 なんともすごい時代になりました。飛脚が物や情報を運んでいた時代から何百年かしか経ってないのに、人類は電波というものを手に入れ、ピコピコメッセージを飛ばせる時代になっております。僕は打ち合わせや用事がある時は、八女まで通勤しコミュニケーションをとっています。元来出張はそこそこ多いのですが、Lineで仕事ごとのグループをつくって、それで大体の情報共有は行なっています。通勤は1時間15分ほどかかりますが、意外にもいけるものです。

だらだら書いたけれど、結論は佐賀が好きなのかもしれない。

 結論から言うと、佐賀が好きだから、佐賀に移住したということになるのかもしれません。僕はやっぱり生まれ育った佐賀という土地に愛着があるし、こののんびりした風土で暮らせることにある一定の幸せを感じています。物足りない部分や不足している部分はもちろんありますが、そんなのは抜きにしても、子育て、仕事、いろいろバランスがとれる地域だと思います。

 現在、佐賀の拠点もつくっていますので、今年中、もしくは来年頭には公開できることになると思います。引き続きちょこちょこ記事を更新していきますので、よろしくお願いします。

うなぎの寝床 代表取締役

白水 高広

1985年佐賀県生まれ、大分大学工学部福祉環境工学科建築コース卒業。福岡県南部・筑後地域の商品開発やブランディングを行う「九州ちく...

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