ここは佐賀市与賀町の通り沿いにある「浄土寺」。創建は今から1200年も前のこと。
近くに与賀神社や佐賀大学があり、最近では〇めマートやス〇ーバックスなどができ、人通りも多くなった場所に位置している。
「浄土寺」の壁には少しずつ水墨画らしき壁画が書かれていたのだが、描いているところを見たことがある人はどれくらいいるだろう。
真っ白だった壁は、約1年の歳月をかけ、遂に2019年7月11日完成する。
たまたま通りかかった際に、作者に話を聞くことができたので紹介したい。
だれが描いているのか?
一番気になるところだと思うが、実は中国人画家が描いている。
名前は、尹雨生(イ ウンセイ)画伯(56)。
彼は、佐賀大学文化教育学部美術工芸過程大学院を修了。後に永住資格を取り、美術教室の講師をしながら画家として活動しているという。
過去に、與止日女神社の竜宮伝説の絵巻物を再現した天井画を描いた経験もあり、聞くところによると天井画は奥行5メートル、幅13メートルの大作だ。
[尹さんが描いた與止日女神社の天井画]
取材した日は、尹さんのことを「先生!」と呼び、ちょくちょく記録写真を撮りに来ているファンもいた。
作家性もあり、技術は画をみれば間違いないとは思うのだが、なぜお寺の壁に描くことになったのだろうか?
意外な理由
浄土寺の住職が尹さんに壁画を頼んだと思ったが、予想は外れた。
「尹さんが描かせてくれませんか?と奥さんと一緒に来られたんです」と住職。
尹さんに聞くと、「ここのお寺は日本で有名な洋画家山口亮一氏のお墓がある場所。ス〇―バックスの上から見ていてあの白いキャンバスに画を描きたい!と思った」と教えてくれた。
山口亮一画伯と言えば、佐賀市精町出身の日本の洋画家であり、佐賀美術協会を創設し佐賀の美術界を牽引してきた一人。訪れるまで知らなかったが、浄土寺には画伯が三尊仏を自ら彫っている墓石があるという。
尊敬する洋画家の墓石があり、リスペクトゆえの制作意欲はわかるが、いくら壁がキャンバスに見えたからって、日本語が片言で見ず知らずの人に描かせてみよう!と思うだろうか......
「今までの作品を見て、信用できる!と感じたからですね」そう言って笑う住職だったが、聞くところによると無償で、しかも使用するアクリル絵の具は住職が出している。
さらには、壁の汚れを落とし、白く塗るのも手伝ったというから驚きだ。
どんなコンセプトが?
尹さんに作品のコンセプトを聞いてみた。
「ここが天山スキー場で、こうやって」
「ター!!!と降りていくと気持ちよさそうでしょ?」
(笑)
茶目っ気たっぷりに話す尹さん。シックな画風からは想像もできない無邪気な性格の持ち主だ。
画の中には松、梅、竹、亀など日本で縁起が良いとされ親しまれているモチーフが散りばめている。
佐賀の天山の風景や佐賀城、民家、村からもインスピレーションを得たという。
「中国には、元々こういった画はあるが、中国ではない。私は佐賀の風景や住んでいる人間を観察して、編集して画を描いた」と語る尹さん。
また、壁画をじっくり見るとわかるが、龍や亀など色々な生き物が所々に居るので見つけて欲しいと隠し画についても教えてくれた。
壁画と尹さんのこれから
現在の尹さんは、制作をする傍ら、佐賀大学の教授と共に美術学生を勉強のために中国へ案内したり、上海から来た留学生にこの壁画の話をしたりもしているという。
「佐大近くのアトリエで画をかいてるからいつでもどうぞ」と尹さん。
壁画を描き終えたあとは、今度は浄土寺からの依頼で、風神雷神の画を描くそうだ。
尹さんの創作活動はまだまだ続く。
「この壁画はモノクロだから前を人が歩くと映える。この前、先生と一緒に幼稚園児がカラフルな帽子で前を歩く姿とか本当によかったよ」
そうやって画像を見せながら笑みを浮かべる尹さんはとても生き生きして見えた。
突如現れた大壁画は、まちの風景に溶け込みながらようやく一枚の画になるのかもしれない。
写真:藤本幸一郎
文:中村美由希(EDITORS SAGA編集部)