着物で歩くと、見える景色が変わる。
佐賀県鹿島市の肥前浜宿、通称「酒蔵通り」は、酒や醤油などの醸造文化、漬物などの発酵文化が根付くまちなみ。通りには、歴史を感じる白壁土蔵や茅葺町家が立ち並び、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
そんなまちの一角で、着物のレンタル、着付け、ヘアセットのお店を営む中西沙月さん。太良町に生まれ、結婚を機に鹿島市に来ました。
「古いまちなみが印象的ですよね。お酒も好きなのですぐにこのまちが好きになりました」と話します。
このまちで何かチャレンジしてみたいと考えていたところ、さまざまなタイミングが重なり、2019年に和装、まち歩き体験を提供する『和のコトコトはじめ倶楽部』をオープン。昔からまちなみの保存やまちづくりに情熱を注いできた先輩たちの後押しもありました。
事前に予約した方は、店舗を訪れ、着物をセレクト。着付け、ヘアセットが済んだら鹿島のまちへ繰り出します。
「ここは、着物が似合うまちなみ。いつもと違う格好だと、見える景色も所作も変わると思います」とおすすめしてくれました。
「10年後、このまちを着物で歩く人が当たり前になって欲しい」と話す中西さん。新しいまち歩きのスタイルが定着するよう一歩、一歩、進んでいます。
祐徳稲荷神社も着物で歩きます。
この根付く、発酵の文化を伝えたい。
酒蔵通りから肥前浜駅の方へ進むと、駅前の通りにひときわ趣きのある漬物蔵が見えてきます。創業100年以上の『漬蔵たぞう』です。
創業100年以上の『漬蔵たぞう』。趣深い建物にワクワクします。
ほの暗い蔵の中には『漬蔵たぞう』の自慢の漬物が並びます。
2013年に福岡市から移住した北御門裕一さんは、漬蔵たぞうで商品開発をしたり、歴史ある蔵を活用して音楽イベントを開催。長く続く漬物文化の発信や、鹿島に人が集まる仕掛けを展開しています。
「このまちは水が良い。水が良いとお酒も酒粕もよい。この土地だからできるおいしい漬物やお酒があります」と北御門さん。漬物のワークショップを開催すると、各地から漬物づくりや発酵について学ぼうとする熱心な人たちが参加します。
「最近、美容の分野だったり、健康に関心の高い人たちの間で発酵食品が注目されていますよね。そんなきっかけで興味を持ってもらえるのは嬉しいこと。それでも流行に左右されずに、老舗の漬物屋として、発酵のおもしろさや魅力をしっかり教え、このまちの食文化や歴史を伝えていきたいと思います」と話します。
まちに根付いていたものに光をあてて、魅せ方、伝え方の工夫をすることが、文化を次の世代に残すことにつながっているようです。
お酒のまちだから生まれるアイデア。
そんな『漬蔵たぞう』のほぼ向かいにあるのが『ゲストハウスまる』です。
代表の島﨑雄輔さんは14年前に地元鹿島市にUターンしてきました。
「まちの雰囲気がレトロで映画に出てくるみたいでしょ?だけど、日本酒で栄えたまちなのに、当時は泊まるところがなくて。それがゲストハウスを立ち上げた理由です」と話します。まちなみをめぐり、歴史や文化に触れ、宿泊し、まちの経済が潤う。まちが"まる"くつながることが名前の由来だそうです。
泊まれることで、遠方からの観光客も増え、県外にも『日本酒といえば、鹿島』が定着しつつあります。
また、中西さんがママを務める『酒ナック』など、お酒からアイデアが広がったイベントも開催。多くの人にお酒の楽しみ方を発信しています。
また、島﨑さんは、近年、鹿島市で増える移住者の先駆け的存在。「移住者がもっと増えるといいな、と思っています。それぞれがこのまちの歴史や文化を活用して得意なことをしながら、まちの世界観を発信できたら」と話します。
世代を超えて、まちは輝き続ける。
肥前浜の玄関口『肥前浜駅』は、1930年に開設した歴史ある駅。
多くの人の出会いと別れを見守ってきた場所でもあります。しかし、2000年代には無人駅になりました。
「まちを訪れた人を無人の駅で迎えるのは寂しい思いがありました。NPO法人の事務所を駅に移転し、さまざまな活動を通して、なんとかまちや駅の活気を保とうとしてきた歴史があります」と話すのは、鹿島市観光協会代表理事、『肥前浜宿水とまちなみの会』事務局長を務める中村雄一郎さん。
2019年にJR佐賀駅に『SAGA BAR』がオープンしたのをきっかけに、鹿島市にこそ日本酒を気軽に楽しめる場所が必要だと考えました。そして、行政に働きかけて、2021年1月に、駅に隣接する「HAMA BAR」がオープン。鹿島の地酒を電車の時間ギリギリまで堪能できると、好評です。
そんな中村さんは50年以上、鹿島のまちづくりに注力してきた人物。酒蔵通りの「重要伝統的建造物群保存地区」選定にも奔走しました。前述の中西さん、北御門さん、島﨑さんが活動できる礎を築いてきた歴史があります。
「若い人のがんばりは頼もしい。世代を超えて、鹿島の歴史や文化をつないでいけたら嬉しいですね」と語る中村さん。
それぞれが、工夫を凝らしながらまちの魅力発信する鹿島。その魅力は、多くの人と遠い未来へも届いているようです。
文章:岡 優一
写真:浦郷 慧人
モデル:himari、nanako
編集:相馬 千恵子