佐賀城公園のお濠に囲まれ、佐賀市街や佐賀平野を一望できる佐賀県庁展望ホール。ホールの東側から街並みを見下ろすと、"馬の鞍"のようなフォルムが特徴的な「市村記念体育館」が目を引きます。
1963年(昭和38年)に竣工したモダニズム建築。リコー三愛グループの創設者で「経営の神様」と称された佐賀県出身の実業家・市村清氏によって、佐賀県へ寄贈されました。当時最先端の技術が駆使され、全館冷暖房完備。インターハイや国体などのスポーツ大会はもちろん、コンサートや演劇、美術展など幅広く利用され、2018年には「肥前さが幕末維新博覧会」のメインパビリオンとして活用されるなど、そのユニークな外観とともに県民に親しまれてきました。
そんな深い歴史のある市村記念体育館を、未来にどうつないでいくのか─。公開会議「ICHIMURA Future Design Meeting Vol.5」では、第一線で活躍する建築やデザインの専門家が集まり、その建築的価値やリニューアルへの期待などについて意見を交わしました。
二部制で行われた会議の様子について、まずは第一部の内容からレポートします。
※この公開会議は2025年10月18日、佐賀県及び自治総合センター主催で行われました

専門家から見た「建築的価値」
「いま、改めて考える。市村記念体育館の建築的価値」と題して開催された第一部。登壇したのは、次のお二人です。
・佐賀県出身の建築家、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演するなど多方面で活躍するオープン・エー代表取締役の馬場正尊さん
・市村記念体育館の設計者・坂倉準三が創設した坂倉準三建築研究所の後身、坂倉建築研究所 取締役大阪事務所長の田口哲久さん
冒頭、田口さんから、設計を手掛けた坂倉準三についての紹介がありました。
坂倉準三は1901年生まれ。30歳でフランスに渡り、東京の国立西洋美術館などの設計で知られるモダニズム建築の巨匠、ル・コルビュジエに師事します。その後1937年にはパリ万博で日本館の設計を手がけグランプリを受賞、日本のモダニズム建築をけん引した名建築家です。

坂倉建築研究所 取締役大阪事務所長の田口哲久さん
「DOCOMOMO認定建築」の密度が日本一?
坂倉準三の偉業を裏づけるエピソードとして田口さんが挙げたのが、国際的な学術組織であるDOCOMOMO(ドコモモ)の日本支部「DOCOMOMO JAPAN」が認定するモダニズム建築の存在です。
DOCOMOMO JAPANがその価値を認定した建物は、日本国内に300か所。それらを設計者別にランキングすると、1位は16件の坂倉準三。2位に、坂倉と共にコルビュジエに師事した前川國男、3位に佐賀県唐津市出身の建築家・村野藤吾と続きます。
また、都道府県別に見ると、佐賀県には認定施設が3つ、県立図書館と県立博物館、そして市村記念体育館で、どれも同じ佐賀城内エリアにあります。田口さんは「DOCOMOMO JAPANに認定された建物の密度がここまで高い場所は、もしかしたらこの場所以外ないのでは」と評します。
独創的な外観を支える高度な建築技術
名実ともに日本のモダニズム建築をけん引したと言える坂倉準三。田口さんの解説は、その坂倉が市村記念体育館に用いた建築技術へ移ります。
市村記念体育館の"トレードマーク"ともいえる要素として、
・ギザギザのコンクリート壁と、それを固めたリング梁による建物構造
・貝殻のような曲面が印象的なHPシェル構造
・プレキャストコンクリート版をワイヤーで吊り上げる吊り屋根構造
など、当時としては最先端の建築技術が用いられたことが紹介されました。
なぜこれほどの技術が用いられ、革新的な建築物が生み出されたのか。背景には坂倉準三の強い想いがあったのではないかと田口さんは推測します。
「坂倉の想いは、市村さんの期待に応えたいというものだった。『この体育館で佐賀に恩返しを』と考える市村さん、ひいては佐賀県民の方々を驚かせたい、喜んでいただきたい一心だったのではないでしょうか」

市村記念体育館建設時、屋根部分の作業工程の様子(写真:坂倉建築研究所提供)

1963年(昭和38年)当時の竣工時の様子(写真:坂倉建築研究所提供)
坂倉準三の想いと市村清のビジョンが重なり、市村記念体育館は生まれた
田口さんの話を受け、馬場さんは当時の時代背景も含めて、市村記念体育館の建築的価値を次のように表現しました。
「終戦から20年も経たずにこれほどの建物が建っているのは驚異的です。市村記念体育館ができたのは1963年、いわば東京オリンピック"前夜"。当時は日本全体が新たな技術に向かって全力でチャレンジしていた時代だったのではないでしょうか。だから、こんな見たことのない形状の建物が生まれたのでは」
そして馬場さんは続けます。
「そんな時代を生き抜いてきた市村さんの先見の明、そして、それに応えたいという坂倉のチャレンジ精神がこの建物にはにじみ出ていると思います」

佐賀県出身の建築家、オープン・エー代表取締役の馬場正尊さん
「デザインの力」
市村記念体育館の建築的価値について、坂倉準三を軸に議論を交わした第一部。そこからは、意匠としてのデザインのみならず、未来を想い、描こうとする、広い意味での「デザインの力」について、示唆を得ました。
その「デザインの力」について深堀りし、市村記念体育館の未来について考える第二部。第一部に引き続き建築家の馬場正尊さんが登壇し、 馬場さんが審査委員長を務めた「SAGA DESIGN AWARD 2025」から、
・大賞を受賞した224porcelain代表の辻諭さん
・優秀賞を受賞したTOMMY BEEF店主の吉原龍樹さん
が登壇しました。
コーディネーターは、東京大学総合研究博物館客員教授で、市村記念体育館の利活用検討委員長を務める洪恒夫さんです。
それぞれの立場から、デザインに関すること、リニューアル後の市村記念体育館に期待することなどについて議論を交わしました。

第二部の様子 登壇者は左から、洪さん、馬場さん、辻さん、吉原さん
冒頭、洪さんは、幕末維新期の佐賀の歴史を紐解きながら、この場が担うべき役割について次のように考えを述べます。
「大隈重信や佐野常民、江藤新平など、佐賀の先人たちは日本の未来を見据えて新しい時代を切り拓いてきました。50年、100年、150年後の社会にも通じる"デザインの力"を育むためにはどうしたらいいか、考えていきたいです」
2025年が初開催だったにも関わらず、デザイナーやクリエイター、経営者などから100件近い応募のあった「SAGA DESIGN AWARD」。馬場さんは、審査を通じて得た手ごたえとして、「単に見た目を整えるだけではなく、産業や風景そのものをデザインしているように見えた」と辻さんや吉原さんら受賞者を評します。
そして、これからのデザインのあり方について、次のように持論を展開します。「地域社会が"デザインという武器"を手にすることで、新たな産業や雇用、テクノロジーを生み出していく。それが次のデザインの形であり、『フューチャーデザインラボ』として生まれ変わる市村記念体育館では、まさにこうしたクリエイターが主役になるはず」
二人の挑戦
この日、招かれた「SAGA DESIGN AWARD 2025」受賞者の辻さんと吉原さんは、今まさに、デザインの力で未来を切り拓いている二人です。クロストークでは、そんなお二人を交えて、「なぜ今デザインの力が必要なのか」を深堀りしていきました。
佐賀県白石町で牧場直営の精肉店&カフェTOMMY BEEFを営む吉原さん。家業と向き合いながら「50年後を描ける牧場経営」を掲げ、牛の命の在り方や尊さに向き合ってきました。理念に据えるのは「Farm to Table」。牛と牛肉の価値を掘り下げる中で、"ストーリー"とともに食卓へ届けることを使命として、生産から消費者に届くまでを一貫して考える姿勢が、SAGA DESIGN AWARD 2025での評価にもつながりました。

白石町で牧場直営の精肉店&カフェTOMMY BEEFを経営する吉原龍樹さん

吉原さんが手がけるTOMMY BEEFの店内の様子
一方の辻さん、佐賀県嬉野市で400年の歴史を誇る肥前吉田焼の窯元として、伝統を守りながらも革新を重ねています。表面の小さな黒い点やわずかな窪みが理由で従来は廃棄されがちだった"2級品"を、むしろ個性として捉え直したプロジェクト「えくぼとほくろ」は、ものづくりの価値観を転換し、地域の観光振興にも波及。さらに、釉薬を必要としない新素材「uzra(うづら)」では、CO2排出量を約40%削減しながら良品率99%を実現し、SAGA DESIGN AWARD大賞に加え、グッドデザイン賞のグッドフォーカス賞(中小企業庁長官賞)も受賞しました。

嬉野市で肥前吉田焼を手掛ける224porcelain代表の辻諭さん

SAGA DESIGN AWARD大賞とグッドデザイン賞のグッドフォーカス賞を受賞した、新素材「uzra(うづら)」
「課題を解く力」としてのデザインの可能性
第二部の議論で通底していたのは、デザインを「見た目」ではなく、社会や産業などの"課題解決"の手法として捉える視点でした。
吉原さんは、自身の経営を踏まえながら、デザインの役割をこう言い切ります。
「デザインは課題解決のための方法論です」。そして、次のように続けました。「牧場は牛を育てて出荷して終わりではなく、その先にどう責任を持つのか、ずっと考えてきました。だから環境負荷や持続可能性、農業人口の減少といった課題に向き合わないといけない。50年後を見据えて、作り続けられる仕組みを設計していきたいんです」
辻さんも、デザインを課題解決の手法として捉える点に賛同し、ものづくりの現場が抱える危機感を重ねました。「焼き物のデザインは形や色だけで語られがちだけど、職人の高齢化だったり、外注先がどんどん減ったり、いろんな問題があって、このままだと10年も持たないかもしれない─。その危機感の中でどう解決するか、少しずつ進めています。400年続いてきた吉田焼を、50年後、100年後の人たちに少しでもいい状態で渡したいので」
吉原さんと辻さんの話に耳を傾けていた馬場さんは、二人の共通点を次のように語ります。
「この二人には『構想力』と『行動力』がある。目の前のお肉や器に責任を持ちながら、流通や地域まで視野を広げて、悩むだけじゃなくまず動いてみる。動いて、わからないことを見つけて、また考えている。その往復こそが、まさにデザインだと思います」
新たな創造拠点「フューチャーデザインラボ」
市村記念体育館をリニューアルし、多彩な文化芸術の体験や創作活動の拠点とする構想を持つ佐賀県。クロストークは、リニューアル後の市村記念体育館の姿として描かれている「フューチャーデザインラボ」の具体像について、意見が交わされました。
まず、辻さんがイメージとして挙げたのは、以前視察で訪れたフィンランドのヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」のように、最先端の技術や設備を"誰でも使える形"で開放した空間でした。そうした環境があれば、若者がデジタル技術に触れる機会も増え、ものづくりのコミュニティが育つ。「技術との接点」が身近にある重要性を訴えました。
吉原さんは、「県が施設を提供するだけでは未来はつくれない」と、テナント視点からのビジネスモデルといった現実的な課題にも言及。「理想を掲げるだけでなく、どうやって運営を成立させるかまで含めて設計する必要がある」と投げかけました。
馬場さんは、フューチャーデザインラボを「ワクワクする場所」として描きます。若者が気軽に訪れ、日常的にクリエイティブやデザインの魅力を体感できたり、ふだん触れる機会の少ないトップレベルのデザインや考え方に触れて将来のビジョンが浮かんだり─。目指すのは「公園のように気軽に訪れ、学びや発見ができる場」とビジョンを語りました。
三人の意見を踏まえつつ、洪さんは第二部全体を次のように振り返りました。
「皆さんに共通していたのは、思いつきで何かをやっている訳ではないということです。何のためにデザインするのか、どこで、どうすれば、デザインの力が発揮できるのか、本質をつかんでいる」
「そういったデザインの本質を備えた発信の場、交流の場となるならば『フューチャーデザインラボ』は、他に類のない施設ができるのではないか」

コーディネーターを務める市村記念体育館 利活用検討委員長の洪恒夫さん(東京大学総合研究博物館客員教授)
市村記念体育館を未来につなげていくために
クロストーク後の質疑では若い世代からも積極的に質問が上がりました。
「(登壇者のような)先を見通す力、いわば『慧眼力』はどうやったら養えるのか」との問いかけに対して、洪さんは、最近テレビでEXILEの元メンバー岩田剛典氏が語っていた「多・長・根」という言葉を参考に紹介。多角的に、長期的に、そして根本から、ものを見る癖をつけることが大切だとし、未来を切り拓くヒントを示しました。

「フューチャーデザインラボ」での質疑応答の様子
締めくくりに洪さんは、第二部で語られた「デザインの力」を第一部の議論とも重ね合わせながら、次のように結びました。
「第二部の"デザインの力"の話は、第一部ともつながっていて、未来に向けて、デザインの力はこれまで以上に重要になると、今日改めて感じました。市村記念体育館が目指す『フューチャーデザインラボ』は、いろんな捉え方ができますが、ともかく検討を重ねて、実効性のあるものに仕立てていくべきだと思います」
この公開会議を通じて浮かび上がったのは、デザインとは形や意匠だけではなく、課題を解決し、未来を切り拓く原動力だということです。
市村記念体育館が目指す新たな創造拠点。そこでは、人や技術が集い、交わり発展し、新たな価値が生み出される―。そんな、ワクワクするような未来が期待できます。「デザインの力」で課題を解決し、次の時代の創造を芽吹かせる。その起点としての市村記念体育館の新しい歩みを、見守っていきたいと思います。
文:藤村はるな
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