「ローカリストという言葉の意味を、僕は今も少しずつ考えている。」
その答えは、会議室の中よりも、誰かと一緒に地域を歩いている時に、ふと見えてくるのかもしれない。
この日の佐賀は、5月とは思えないほど暑かった。今年度のローカリストたちは、自分たちのことを「晴れ男、晴れ女」と笑っていたけれど、どうやらその力は少し本物だったらしい。2026年度SAGAローカリストアカデミーのキックオフ会。その日、今年のローカリスト4名が初めて顔を合わせた。
今年度のローカリストは、基山町で子どもの居場所や地域の交流の場をつくる「ここてらす」の入江航さん。嬉野を拠点に、移住やまちあるき、人と地域をつなぐ活動に取り組む久野裕子さん。小城市石体(しゃくたい)で「いやしの宿ほのか」を営む大石絢子さん。そして、武雄市で映像発信やゲストハウスの運営を通して、地域との接点をつくる山崎裕次郎さん。
活動している場所も、見ている風景も、それぞれ違う。
でも、この日4人を見ていて、どこか共通するものを感じた。
4人が初めて出会った日

今回のキックオフ会は、2026年度のSAGAローカリストアカデミーが動き出す最初の時間だった。集まったのは、今年度のローカリスト4名と、その活動を支えるサポーターのみなさん。ローカリスト同士が初めて対面で顔を合わせ、これから始まるアカデミーの空気を、みんなで少しずつ作っていく日でもあった。
初対面の場には、独特の緊張がある。最初の挨拶。自己紹介の声。相手の話を聞きながら、少しずつ距離を測っていく時間。その初々しさがとてもよかった。

初対面の4人が、すぐに打ち解けたわけではない。けれど、ふとした笑い声や、誰かの言葉にうなずく表情の中に、これから同じアカデミーの時間を歩いていく人たちの空気が、少しずつ生まれていた。
僕自身も、2023年度のローカリストとして、このアカデミーに関わらせてもらった。当時の僕は、「ローカリスト」という言葉の意味を、まだうまく言葉にできていなかった気がする。
・地域で活動する人。
・地域の課題に向き合う人。
・地域の魅力を見つけて、誰かに手渡していく人。
たしかに、そうなのだと思う。けれど、その言葉だけでは少しこぼれ落ちてしまうものもある。ローカリストという言葉には、まだ余白がある。その人がどんな地域で、何を見て、何を面白がり、誰と関わっているのかによって、少しずつ意味が変わっていくのだと思う。
2023年の僕にも、僕なりのローカリストの形があった。そして今年の4人にも、きっとそれぞれの形がある。この日、初めて顔を合わせた4人を見ながら、僕はその輪郭が少しずつ見えてくるような気がしていた。
石体を歩く、小さな大冒険

キックオフ会の舞台となったのは、小城市の石体。「しゃくたい」と読むこの地域を案内してくださったのは、「いやしの宿ほのか」を営む大石絢子さん。
地域の方々が守り続けているお堂や、古くから神々が住まう聖地とされていて、50体以上の石仏や石像が点在している箇所を案内してもらった。


地域の方々が大切に守ってきている場所を訪れると、どことなく人を『素』にしてくれる空気を感じる。途中で飲ませてもらった天然水は、驚くほど美味しかった。ローカリストもサポーターも、思わず声を漏らす。ただ「水が美味しい」というだけではない。その土地の空気ごと、身体の中に入ってくるような感覚があった。




この日案内してくれた場所は、ほんの少しの移動だったかもしれない。けれど、耳をすませ、周りを見渡し、足元をのぞき込み、話を聞きながら歩くと、そこは、「そうなんですね!」と、面白さを発見し続けられる小さな大冒険が繰り広げられていた。地域の面白さって、遠くにあるとは限らない。すぐ足元にあるものを、面白がった瞬間に生まれるのだと思う。
後半は、「いやしの宿ほのか」へ。

五右衛門風呂などを案内してもらいながら、暮らしの中にある豊かさに触れた。便利さとは違う豊かさ。観光地として整えられたものではなく、誰かが日々を重ねてきた場所にある温度に触れるたび、ローカリストたちは、この地域のことを少しずつ自分の感覚で面白がっていたように見えた。



「地域づくり」と聞くと、大きな事業や、立派な計画を立て、満を持して取り組むように感じられる人が多いだろう。でも、その入口はもっと小さくて、もっと身近なところにある。美味しい水に驚くこと。お堂の前で立ち止まること。五右衛門風呂を見て、この地域の暮らしを想像すること。そういう小さな反応の中に、地域への関心の芽がある。
好きを余白にいっぱい詰め込む人たち

今回、僕はローカリストの取材と写真撮影をしながら、4人それぞれの話を聞いた。やっていることは、本当にそれぞれ違う。けれど、共通しているものを感じていた。
それは、『自分の「好き」を持っている』ということだ。それは、大きな声で語られるものとは限らない。話の途中で、ふと表情が変わる瞬間。風景を見つめる時間。誰かの言葉に深くうなずく仕草。そういう小さなところに、その人の好きは滲んでいた。
「地域をよくしたい。」「課題を解決したい。」「人をつなげたい。」
もちろん、そうした言葉もある。けれどその前に、もっと個人的で、もっと素直な感情がある。それが「好き」である。その小さな「好き」を、地域の余白に置いてみる。すると、何気ない場所が企画になり、誰かの困りごとが出会いになり、見過ごされていた風景が物語になる。
地域には、完成された答えだけが必要なわけではない。むしろ、まだ途中の問いや、誰かの小さな違和感や、ふとした好奇心があるからこそ、新しい動きが生まれていく。ローカリストとは、地域を大きく変える人というより、地域の余白に自分の好きで小さなしるしをつけていく人たちなのかもしれない。
今年の4人を見ながら、僕はそんなことを考えていた。
もう、動き出していた

2026年度のSAGAローカリストアカデミーは、まだ始まったばかりだ。これから4人は、参加者であるネクストローカリストたちと出会い、それぞれの言葉で、自分の地域との関わり方を手渡していくことになっていく。けれど僕は、この日すでに、何かが動き出していたように思う。好きを余白にいっぱい詰め込んだ人たちが、今年はどんな風景を見せてくれるのか。
写真・文章:合同会社Light gear 山本卓
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