佐賀県民の心の健康を支えるために長年勤務した心療内科を辞職し、メンタルヘルスを専門とした会社「カウンセリング西村」を立ち上げた公認心理師の西村真由(まさよし)さん(42)。
いまだに医療や公共サービスのイメージが強いメンタルヘルスの分野ですが、「病む前に救う」という理念のもと、より多くの人の心を守るためにはどうしたらいいかを模索しながらオリジナルの事業形態で活動をしています。
ビジネスで社会課題を解決する社会起業家としての想いやそのための取り組み、佐賀県のメンタルヘルスを取り巻く現状、将来のビジョンなどをインタビューしました。
病院で待つだけでは、救えなかった
西村さんはこれまで県内の心療内科に心理カウンセラーとして17年間勤務した後、独立して2024年4月に「カウンセリング西村」を立ち上げました。

県内の心療内科に17年間勤めた西村さん(右) (西村さん提供)
事業内容は一言でいうと、人々の「心の健康予防」。県内企業の顧問として社員のカウンセリングをしたり、企業のコンサルティングをしたりする他、研修や講演の講師、スクールカウンセリングなど、「病む前に救う」という理念のもと、"予防"に幅広く取り組んでいます。
では、なぜ病院を辞めて起業する必要があったのでしょうか?

「結論から言うと、病院では、思い描いているより治る人は少ないんです。精一杯頑張っていても5年、10年かかるのはザラで、20年や、もっと長く患っている患者さんもたくさんいます。あの手この手を尽くしても、(患者さんが)自分の幸せを叶えられたり自分らしくあれるということが少なかったんです」
病院時代は現場の仕事の傍ら学会で発表したり論文を書いたり、熱心に仕事に取り組んで病院の理事まで務めたという西村さんですが、病院に来る患者さんたちを見ながら「もっと早く誰かが何かできなかったんだろうか」「病院で待っているだけでは、人は救われない」と思うようになったといいます。
さらに昨今の状況を見ると、精神的に問題を抱えている人はひたすら右肩上がり。
海外では病院以外に心理カウンセラーなど誰かしら関与できる環境があったり、もっと気軽にカウンセリングに行く文化があったりする中、日本では「病院か地域の暮らしか」、「患者か健常者か」と二分化している状況を見て「病院以外の選択肢をつくりたかった」と独立を決意した経緯を語りました。
"個人"から"組織"へ
独立を決めた西村さんは、カウンセリングルームを開くために物件探しを始めました。医療現場しか知らず、当初は病院のように個人に対してカウンセリングすることを考えていたといいます。

現在使われてる「カウンセリング西村」のカウンセリングルーム
そこでちょうど良さそうな部屋を見つけたところ、西村さんの話に興味を持った部屋のオーナーが「自分の経営している会社の社員で悩んでいる子を見てもらえないか」と声をかけてきたそうです。
「そうしてカウンセリングをしたところ、この仕組みをすごい気に入られて『他にも気になる社員がいるから継続してみてくれないか』『うちの社員みんな見てほしい』、そして『顧問税理士みたいな感じで"顧問カウンセラー"として会社と契約してくれないか』と話が進んだんです」
現在「カウンセリング西村」の事業内容の柱となっているBtoB(企業間取引)の"企業顧問"は、こうして誕生しました。
では、そこからどのように事業を軌道に乗せたのでしょうか?

「独立しようと思った時に『よろず支援拠点』という国の無料相談窓口があるんですが、そこで佐賀県の起業支援金があるということを知り、応募して事業が採択されました。支援金を活用してカウンセリングルームに必要なものやホームページの開設など事業に必要なものは全部揃ったと思います。開業時点ですでに確定していた売上では暮らしていけなかったので、資金的な後ろ盾はすごく大きかったです。その中でも一番良かったのは伴走支援で、伴走してくれる方々になんでも相談できることが一番のメリットでした」
「ビジネスのビも知らなかった」という西村さん。売り上げの立て方や営業の仕方、事業計画の方向性まで、いろんなことをとにかく相談したといいます。
「最初は個人のお客さんを主な対象に考えていましたが、"病む前に救う"という理念を実現するためにはもっと対象を広げないと救われていく人は増えない、企業などの組織から変えていった方が目的を叶えられるという視点も、伴走支援の中で得ることができました」
西村さんは「生まれ育った佐賀で病む人が減ればいい」という思いで活動していますが、このように"企業顧問"を柱にすることが、結局佐賀県のスタイルにもあっていたといいます。

研修の様子(西村さん提供)
「特に佐賀だと、東京のように高いお金を払ってでも話を聞いてほしいという個人のニーズはなかなかない。メンタルヘルスという言葉や心の相談をすることに対する偏見もばりばりある。でも企業がお金を払ってくれれば話を聞いてほしいという人はいる。それが離職率低下や休職予防、パフォーマンス向上につながるなら、企業もお金を払って心の健康を買う意義はあります。さらに会社の研修で心の健康教育や予防法もお伝えできれば、多くの人の"予防"につながりますし、顧問先が増えればもっと病む人も減らせるんじゃないかと思っています」
実際、これまでの研修や講演の反応はよく、リピートの依頼も増えてきて、"まだ病んでいない人"を対象に心の健康予防をすることにとてもやりがいを感じているといいます。

「"企業顧問"はクライアントと共に作り上げた事業形態」と語る西村さん
思春期の子どもを支えたい
今度の4月で3年目に入る「カウンセリング西村」。これからやっていきたいこともまだまだあるそうです。

その一つが、「思春期心理塾」。どのような内容なのでしょうか?
「"予防"や偏見を変えるためには、子どものときに"話せるカウンセラー"に出会うことが大事です。そのために現在公立小中学校などでスクールカウンセラーもしていますが、この"塾"は中高生を対象に、心理検査を用いて自身を振り返ったり、心理教育やコミュニケーションの取り方などを学べる学習塾のイメージです。公園で歩きながら話しをしたいという希望があればそうするし、自然な形で自由にパッケージングしていきます。佐賀県では児童精神科医による思春期外来の枠が限られており、1年から1年半待たないといけないこともある状況の中で、思春期という激動で人生の大きなターニングポイントの子どもたちを支えたいと願っています」

そのモデルは西村さんが中学生の時に通っていた塾なんだとか。
「そこの塾の先生はとっても変わっていて、看板も出していないし授業もあんまりしていませんでした。通っているのは金髪の子とかタバコ吸っているような子達ばっかりでしたが、みんな絶対に塾には行っていました。よく『お前にはできる』って言ってくれる先生だったのでうれしかったんじゃないですかね。開業する時に連絡したら『お前が好きなことやれ』の一言でした」

そもそも、西村さんが心理カウンセラーの道に進んだのも中学生の時の体験からだったといいます。
「私は勉強も運動もできる子じゃありませんでした。でも地元の友達はよくしてくれて、よく相談に来てくれたんです。"ヤンキー"の同級生が多かったのでトラブルも多いんですが、自分が話を聞いて思うことを言えば、喜んでくれて、『ありがとう』って言ってもらえて、相談してくれる人も増えていきました。自分には何もできることないけど、人の話を聞いて喜んでもらえるということに生きがいや存在意義を感じたんです」
まさに、西村さん自身、思春期の体験が今を形作っているのですね。

「本当に好きなことなら起業に挑む価値があると思う」と語る西村さん
いずれは、「佐賀県メンタルヘルスセンター」というような、もっと広く県民にメンタルヘルスに関するサービスを届けられる拠点をつくりたいという西村さん。
「起業するにあたって大変なこともたくさんありました。責任は全て自分に問われますし、最初は雛形もない中資料をつくったり調べ物をしたり、やったこともない契約書作りや会計などの事務作業をしたり、初めてのことばかりで睡眠時間も少なかったです。でも、起業をしたことで、病院だったらできない形でアプローチできるという自由を手にしました。究極的にやりたいことをやりたければ起業するしかないと思う。今は前哨戦みたいなところもあるんじゃないですかね」
県民の心の健康を支えるために挑戦を続ける西村さん。その歩みは、佐賀県のメンタルヘルスの明日へと向かっています。
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